「ただ観る」とはどういうこと? 思考や感情との向き合い方

「ただ観る」は、様々な場面でできます。

今回は、感情が湧いたときのことを例に説明します。

嫌な感情が生じたとき、私たちは何をしているのか

誰かの言葉に傷ついたとき。

「なぜ、あんなことを言われなければならないのか」と考え始めます。

相手の言葉を何度も思い返し、怒りや悲しみが強くなっていく。

このとき、最初に生じた感情だけでなく、その感情について考え続けることで、苦しみが膨らんでいくことがあります。

そして、私たちは、その感情を発散したり、内側に抑え込んだりします。


例えば、相手に直接思いを伝える、誰かに話を聞いてもらう、お酒を飲む、身体を動かす。


また、心理学やスピリチュアルな実践をしている人なら、感情を解放するワークなど、自分が学んだ方法で、その感情をクリアにしようとするかもしれません。


方法は様々ですが、その背景には、怒りや悲しみなどの苦しい感情を何とかして、平安な状態になりたいという思いがあります。


では、そうした思考や感情を変えようとする代わりに、ただ観るとしたら、どうでしょうか。

感情をなくそうとすることと、ただ観ることの違い

ただ観るとは、今、感情があることを、そのまま観ることです。

「なぜ、あんなことを言われなければならないのか」
「あいつは、なんてひどいんだ」


そんな思考が湧いてくることもあります。

その思考を無理に止める必要はありません。


ただ、自ら話を展開し続けるのではなく、今、怒りや悲しみがあることに目を向けます。


その感情をクリアにしようとする意図も必要ありません。


そもそも、その感情や苦しさを、変えなければならない悪い状態だと決めつける必要もないのです。


ただ、怒りがある。
悲しみがある。


今、そのような感情が現れている。


例えば、雨が降っていたら、「ああ、雨が降っているな」と気づきます。


そこから、雨は悪い状態だから、晴れに変えなければならないと考える必要はありません。


感情も同じように、今、現れているものとして観てみます。

思考に巻き込まれている状態とは

感情が湧くとき、思考も自然に湧いてきます。


「なぜ、こんなことになったのだろう」
「どうすれば解決できるだろう」
「また同じことが起きるのではないか」


私たちは、思考を通して原因を分析したり、先のことを予想したり、解決策を考えたりします。


また、頭の中で同じ会話を何度も繰り返すこともあります。


こうした思考は、今の状態をより良い状態に変えようとする働きでもあります。


現実的な問題を解決するために、考えることが必要な場合もあります。


ただ、すでに終わった出来事を何度も思い返したり、まだ起きていないことを繰り返し心配したりすることで、苦しみが続いてしまうこともあります。


思考に巻き込まれているとき、私たちは、その思考が語る内容に夢中になっています。


頭の中で繰り返される物語が、いつの間にか自分自身のすべてであるかのように感じられるのです。

思考や感情に気づいていること

思考や感情に気づくことは、それらを変えたいと思ってはいけない、苦しいと感じてはいけない、ということではありません。


「この怒りをなくしたい」
「こんなことで苦しみたくない」


そう思っていることも含めて、今、何が起きているのかに気づくことです。


「怒りがある」
「悲しみがある」
「この感情をなくしたいと思っている」


そのように気づいているとき、思考や感情にただ巻き込まれている状態とは、少し違った見方が生まれます。


思考や感情があることと、それらに気づいていること。


そこに目を向けてみるのです。

ただ観ることは、何かをする技術なのか

ただ観ることによって、感情が落ち着いたり、苦しさが和らいだりすることがあります。


私自身、ただ観ることには、感情や心のブロックがクリアになる働きがあると感じています。


しかし、ただ観ることの価値は、それだけではありません。


感情をクリアにすることや、心を落ち着かせることを目的にすると、ただ観ることも、より良い状態になるための方法になります。


もちろん、心が落ち着くことは悪いことではありません。


ただ、私が大切にしているのは、その先にある気づきです。


怒りも、悲しみも、思考も、身体感覚も、今ここに現れては移り変わっていきます。


それらを観ているとき、今まで自分そのものだと思っていた思考や感情と、それらに気づいていることは同じなのだろうか、という問いが生まれます。


思考や感情は、雨のように現れては去っていくもの。


怒りがあっても、悲しみがあっても、思考が止まらなくても、それらは今、現れているものです。


それらを変えようとせず、ただ観る。


すると、思考や感情の内容だけでなく、それらに気づいていることにも、目が向くかもしれません。


そのとき、何に気づくでしょうか?


潜在意識の書き換えとの違いについては、こちらの記事で詳しく説明しています。

→ 潜在意識の書き換えと「ただ観る」ことの違い

自在|真の自己の発見と自由

自在では、瞑想、対話、「ただ観る」ことを通して、真の自己と、すでにここにある自由や平安に目を向けていきます。


思考や感情を変えようとするのではなく、それらに気づいていることに目を向ける。

何かを新しく獲得するのではなく、今ここにあるものに気づいていく。

鎌倉またはオンラインでのワークショップや個人セッションを通して、こうした探究を深める場を提供しています。

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